70年80年代ヒット曲動画


2009年03月11日

エリック・カルメン (オール・バイ・マイセルフ)

エリック・カルメン


オハイオ州クリーブランド出身。

大学時代にバンド活動を始める。

1970年にラズベリーズのボーカルとしてデビュー。

1974年にバンドは解散、カルメンはソロ活動を始める。


オール・バイ・マイセルフ


1976年全米2位の大ヒットを記録した。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番をモチーフにしたこの曲は、途中にピアノ協奏を挟んだ7分超のドラマチックな大曲。

バラードの名曲として多くの歌手にカバーされたほか、日本では何度かCMに使われたことがある。

以上Wikipediaより抜粋

posted by かどやん at 13:28| 1976年のヒット曲

2009年03月04日

ザ・ランナウェイズ (悩殺爆弾)

ザ・ランナウェイズ


1975年にアメリカで結成され、1979年に解散した元祖ガールズロックバンド。

近年では音楽面での再評価も進み、パンク・ロックのさきがけとも位置づけられる

デビュー当時の平均年齢は16歳、ガールズ・ロック・バンドの草分け的存在である。

中でも、ヴォーカル・シェリーのコルセットとガーターベルトのほとんど下着姿という過激なファッションは衝撃的であり、1976年のデビュー曲「チェリー・ボンブ(邦題:悩殺爆弾)」で一気に世間の注目を浴びた。

本国よりも日本での人気が高まり、1977年に来日公演も行った。


悩殺爆弾


1976年アルバム「悩殺爆弾〜禁断のロックン・ロール・クイーン」からのシングル曲大ヒット曲

以上Wikipediaより抜粋

posted by かどやん at 01:20| 1976年のヒット曲

2009年02月03日

デニース・ウィリアムス (フリー)

デニース・ウィリアムス


70年代、スティーヴィー・ワンダーのバック・コーラス・グループ=ワンダーラヴのいち員として活躍していたところを、アース・ウィンド&ファイアー(AW&F)の総帥モーリス・ホワイトに見初められ、彼の主宰レーベルからデビューを果たした才媛、詳しくはデニース・ウィリアムス - goo 音楽
を見てください。


フリー


1976年のヒット曲

posted by かどやん at 14:52| 1976年のヒット曲